テキストサイズ

20年 あなたと歩いた時間

第5章 20歳

初めてあの街を出て暮らし始めたのが
ついこの間のように思えた。
入学式の少し前に、流星と二人で
この電車に乗って京都に向かった。
桜は少し咲き始めていたけれど
肌寒い朝だった。
慣れ親しんだ電車ですら、新鮮に感じた。
私達はこれから始まる生活を、例えば
中学生だった私達は想像しただろうか。
そんなことを話していた。
思っていた以上に厳しいけれどそれでも、
流星がいると思うだけで
頑張ろうと思えるのだ。
大きな球場のある駅で電車を乗り換えると、
もうすぐだ。

「のぞみ、のぞみ。次、降りるぞ」

いつの間にか私が眠っていた。
夢を見ていた。
初めて二人で見た、京都の桜を。
『おれ、六年後には医師国家試験受けてるのかな。それ合格したら、やっとのぞみとの将来を語れるんだな』って、
流星言ったんだよ。
私は、窓の外に広がる、少しだけ懐かしい
故郷の空を見上げて考えていた。
流星との未来は無限だ、と。

ねえ、流星。あの夏は暑かったね。
流星と過ごした最後の夏は、
今も覚えているよ。
子どもの頃みたいに、あの川に裸足で入って
そのあと川沿いの公園を南に向かって
ずっと歩いたね。
もう帰ろうって言えなくて、
高校時代によく勉強した図書館を越えて、
まだまだ歩いて、浜辺に出てもまだ歩いた。
海面に太陽の光がキラキラ反射して、
まぶしくて足元を見ると
小さな生き物がうじゃうじゃしていた。
思い出すのは、そんな他愛もないこと。
最後の夏だとわかっていたら、
もっと違うことを記憶に刻もうと
していたかな、って思うの。

ストーリーメニュー

TOPTOPへ