
暗闇で恋しましょう
第37章 幸せな話
「げほっごほっ!いってぇ………危ねぇだろ!杏!」
「…………」
「おい。きょ」
「今日は、バスで来たの」
「…………」
「お父さんと、お母さんに、見付からないようにこっそりと。物音、立てないように」
体を起こし、垂れる横髪を耳にかけながら俺を見下ろす杏。
その表情、どうにも感情が読み取れない。
触れれば、分かるのだろうか。
手を伸ばし、触れようとするも身を引かれ、その思いは叶わず、手は宙を舞う。
「……こんな、隠すみたいに、したくないなって。なんで普通に“いってきます”って“ひぃちゃんのところ行ってくるね”って言えないんだろうって」
………分かっていた。
