エスキス アムール
第11章 デート
「…は、るかちゃん…?」
そっと唇を離すと、
大野さんは驚いた顔をしていた。
男の人に自分からキスをしたのは、
大野さんが初めてだった。
目が合わせられなくて、
すぐに逸らす。
さっきの女の人が目に浮かぶ。
大野さんが私を、
風俗嬢としてではなく、
女性として見てくれることは
きっと、ない。
「波留」
と呼べるあの人が羨ましかった。
…嫉妬をした。
また、泣きそうになって、
一歩、
大野さんから離れる。
その離れた私の腕を、
大野さんは
真剣な顔をしてギュっと掴んだ。
「はるかちゃん、俺…」
「っわ、たし、
もう今日は帰ります。
…今日は楽しかったです!
ありがとうございました!」
その先の言葉なんて聞きたくない。
あの人は、恋人なのか何なのか、
わからないけど、
あの人と違って、
すきだと、囁いてもらえる
可能性もないのだ。
「え、ちょっとま…」
「キスは!
…今日の、お礼です…
…それだけですから…。」
必死に弁明すると、
大野さんは力無く
私の腕を離した。
そか…。
と、小さく声がする。
「…送ってくよ。」
「いえ、ここで…
ここから近いですから…」
もう大野さんと一緒にいると、
泣きそうで、
はやく彼から離れたかった。
また一歩彼から離れる。
「…そうだよな…。
…客だもんな……」
そう言って笑う大野さんに
心がズキンと、傷んだ。
せっかく誘ってくれたのに、
勝手に帰ろうとするわたし。
こんな我儘な女なんて、
最低だ。
ああ、もう、
きっと、
彼はお店には来てくれない。
きっと、これが最後だ。
彼の姿を、じっと見て
瞳に焼き付ける。
暗くて、
もう彼がどんな表情をしているのか、
わからなかった。
さよなら。
大野さん。
「さよなら」
涙を一つこぼして、
彼に背を向けた。