エスキス アムール
第13章 トラップトラップ
知ってるよ!
わかってる。
わかってる。
大野さんが、
私を風俗嬢としか
見ていないことくらい。
優しさで
通ってくれていたことくらい。
全部わかってる。
「泣きたいのはこっちよ」
その彼女の一言で、
自分が泣いているのだということに気がついた。
指で涙を拭うと、
彼女は声色を
これでもかと言うくらい、
変えて言った。
「これは、
あなたのためでもあるの。
あなただって、
気持ちのない彼と一緒にいたって
辛いだけでしょう?」
悔しい。
こんな人の言いなりになるなんて。
だけど、
大野さんがこんなところに
通ってるなんて
世間に知られたら、
今まで彼が積み上げて来たものが
全て台無しになるのだ。
私との関係をバラされたら
オシマイだ。
溢れる涙を、
必死に堪える。
だけど、それは意味をなさなかった。
「…もう、諦めなさい。
約束は、守るのよ?
大丈夫よ。
私が、彼を幸せにするから。」
彼女はそう言うと、
笑って、
私の涙を拭った。
手を振り払うと、
彼女は部屋を出て行く。
「…うっ…ううっ…」
自分の、
情けない嗚咽ばかりが
部屋に響いた。
もう、
大野さんに
会えない。
もう、彼の声を聞くことができない。
シュウの言ったとおり、
この間来てくれたときに
会うべきだった。
もう、後悔しかない。
スマホには、
大野さんがかってくれた
可愛いストラップが
揺れている。
私は、そっと、
それを握り締めて、
ひとしきり、泣いた。