エスキス アムール
第34章 彼の選択
「甘さとしょっぱさが
絶妙だと思うんだけど…」
「もう、いいから。
早く食べて帰るよ…」
もう、吐きそう…。
水を飲んでも余韻が残ってる。
生クリームの中から出てくる沢庵。
沢庵の味に絡まる生クリーム。
全く調和しない。
会ってはいけないもの同士が
対面してしまった感じだ。
目の前で顔を綻ばせて
うまいうまいと食べる彼が
いように見える。
ほら。
奥に見える、面白がって同じやつ頼んだ人たち、凄く顔歪めてるよ?
君だけだよ?
そんなに幸せそうにしてるの。
だけど、
そんな不味いものを
食べて、喜ぶ彼は無条件に可愛く、
愛しく思う。
「あの…大野さん…?」
彼の唇についた生クリームを
拭おうとしたとき、
一人の男性が、彼に声をかけた。
この人は、何度か見たことがある。
「あ…秘書…」
そう。
彼が呟いたように
観月元社長の、秘書だった人物だった。
彼は、観月社長が解任されたとき
不正を知っていたのではと疑われ、
一緒に解任された一人だ。
それにしても波留くん。
名前で呼んであげて。
「秘書…」はないよ
「秘書…」は。
彼がたくあんパフェを食べるのを止めると、秘書は申し訳なかったと頭を下げた。
彼のことはうろ覚えだけど、
心なしか痩せた気がする。
彼なりに今回の騒動で
苦労があったのだろう。
必死に頭を下げる秘書を見て、
いいよ、と頭を上げさせる彼。
波留くんは、もう何も気にしていないようだった。
誰かに怒りをぶつけたこともない。
あのときの彼は、
ただただ、心に傷を負い、
哀しんでいた。
自分から大切なものが
一気になくなってしまったことで。
「少し話があるんです」
頭をあげると、
秘書は真剣な顔つきでそう言って、
秘書は僕の方をチラリと見た。