エスキス アムール
第34章 彼の選択
「あ、席を外そうか?」
「いいよ。
俺があっちで聞いてくる」
秘書は
僕が木更津だということを覚えていたのだろう。
そのやりとりを見て、
いつの間にこんなに仲良くなったんだ
とでも言うように、
不思議そうな顔で見つめていた。
その秘書をみて、ニコリと微笑み返す。
「いってらっしゃい」
「おう」
波留くんは
そんな秘書を気にもとめずに、歩き出す。
秘書は僕に一礼すると、
彼の後をひょこひょことついていった。
秘書が、何を彼に伝えるのか。
僕にはなんとなく予想がついている。
きっと、あの事だ。
ついに、この日が来てしまった。
「これで、お別れかな…」
声に出して呟いてみる。
そうするとそれは、
想像以上に哀しいことだった。
不意に涙が出そうになる。
彼には悟られまい。
こんな涙腺弱かったかな。
彼と過ごした数ヵ月が、
僕の人生の中で大きなウェイトを占めていることを痛感した。
彼に好きだと言われる前、
枯れと気持ちが通じあったとき、
僕には幾度となく、同じ葛藤をした。
いつかは彼と離れなければならないときがくる。
彼が、僕から離れたがるときが来る。
そのとき、僕は彼を手放せるのかだ。
今考えれば、
彼を手放せるのか、ではない。
彼は自然と僕から離れることを考え、
僕の手からすり抜けていってしまうのだ。
彼が、僕から離れたとき、
僕は今まで通り、生きていけるのか。
波留くんが、決めることなのにな。
今このときでも、
彼を閉じ込めておく方法を
頭のどこかで必死に考えている。
どうしたって、
僕は彼に誰よりも先に会うことはなかった。
きっと、それが運命という名の
こたえなのだ。
ああ、ダメだ。
やはり涙腺が弱くなったのかも知らない。
彼は真剣に秘書の話を聞いている。
キラキラと輝く夜景を見ながら、
気を紛らわせた。