エスキス アムール
第34章 彼の選択
最初は彼もそれを受け入れてくれたけど、
すぐに合わせた唇が離して
彼は初めて僕を拒否した。
はっきりとした拒絶に
僕は何も言葉を口にすることができなかった。
何かを口に出せば、涙が溺れそうだったからだ。
嗚咽を必死で飲み込んで
ゆっくり、彼から離れる。
もう、彼に近づけない。
怖い。
手の震えが止まらなかった。
波留くん、好きなんだ。
愛してるんだよ。
堪らなく誰よりも。キミのことを。
彼の背中を見つめながら
心の中で繰り返す。
だから、どうか。
僕のことを愛して。と。
しばらくして、
となりから聴こえてくる規則的な呼吸音。
彼が僕の家に来たとき、
その呼吸音がとなりから聞こえて来るだけで、
とてつもない幸せを感じた。
今はこれを失うのだと思うと、
怖くて怖くて仕方がない。
それからというもの彼は、
休みになると何処かへ出かけるようになった。
興信所に頼まなくてもわかる。
彼女を探しに行っているのだ。
探してどうするつもりなんだ。
見つけたら僕を捨てるの?
一番聞きたいことを聞けない。
どこに行っていたの?と聞けば
ちょっとね、と誤魔化される。
その誤魔化しが僕をどれだけ傷つけているのかを彼は知らない。
拒否をされた日から、
彼に近づくことが出来なくなってしまっていた。
その異変に、彼は気がついているのだろうか。
彼との別れのカウントダウンが
日に日に迫ってきている気がした。
彼がベッドに入ってくる音を聞いて
ホッとする日々。
まだ、彼は隣にいる。
規則的な呼吸をして、こちらを向いている。
愛しく思うその寝顔を見つめながら、
涙が頬を伝った。
好きなんだ。
愛してるんだ。
こんなに彼のことを思っているのに、
どうして手放さなきゃならないんだ。
彼の髪の毛にそっと触れる。
すると、彼は寝ながらも笑顔をうかべた。
今だけ。今だけは。
僕のことを思い浮かべていてほしい。
最後にするから。
彼に気がつかれないように
顔を近づける。
涙は止まる気配がなかった。
「波留くん、愛してる」
そっと唇を重ね、僕は誓った。
彼の幸せのために、
彼との別れを。