エスキス アムール
第34章 彼の選択
その日はまるで仕事に身が入らなかった。
三嶋にもどうしたのかと心配され、
終わらせなきゃいけない仕事も終わらない。
「三嶋、ニューヨークの件だけど」
「はい。出発は3ヶ月先でよろしいですよね」
「いや、明日たつから」
「え?」
三嶋は困惑した顔を浮かべた。
まだ日本でしなければならない仕事があるのだ。
今向こうにいくのは決していいことではない。
だけど、彼から物理的な距離をおかなければ、
彼はいつまでたっても彼女の元へいけないし、僕もそれを許せないだろう。
僕たちが出会った頃から、
彼は彼女のことが好きだった。
そのことは覆せない。
彼は僕のことを好きだと言ってくれたけど、
彼の心の中には、彼女がずっと消えずに残っている。
彼が彼女を探している。
それがその証拠だ。
彼が彼女の元へ行きたいのなら、
それを叶えてあげるのが僕の役目だ。
最初からわかっていたことだった。
彼は彼女に会いたいと思うと。
これだけ彼との時間を楽しめたのだから、いいじゃないか。
僕は幸せ者だ。
それ以上を望んではいけない。
「こっちの仕事は向こうでやって、メールで送るから。
キミは、予定通り3ヶ月経ったらニューヨーク来てくれ。」
「…はい。」
三嶋は怪訝そうな顔をしてこちらを見た。
何かあったのは分かるのだろう。
しかしプライベートなことは詮索しない。
それだけで、何も聞いてはこなかった。
彼女の仕事は増えるだろうが、
少しの間頑張ってもらうしかない。
明日で彼とはお別れだ。
一枚の紙を握りしめる。
彼の幸せのためだ。
ある覚悟を胸に、帰路についた。