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エスキス アムール

第38章 彼の想ひ

【木更津side】




小さな声で名前を呼ぶと


その身体はビクリと反応して
フラッと、顔を上げた。



「…おそいよ。馬鹿。」



そうして、綺麗な顔を歪めて
小さな声で、呟く。

その顔は、少し白くて唇が青かった。


暖かくなってきているとは言え、
マンション内は冷えている。
ずっと待っていたら体が冷えたのだろう。


今すぐにでも抱きしめて
温めてやりたい。

そう思うけれど、
僕にはもうできないことだった。




「なんで…っ
なんでいるの…?」

「飛行機で来たから。」

「なんでここが…?」

「お前が興信所なら
俺は探偵だよ。」


彼はそういって笑った。
久しぶりの彼の笑顔に、心臓が掴まれたように痛かった。

ニューヨークにまでとなると
渡米代やらなんやら、たくさんの
費用を払わされたに違いない。


なんで、なんで。

そんなことをしたんだ。




「帰れよ…っ
なんでここに来たの…?」

「…なんで?
……わかんないの?」


彼は僕のことを睨みつけた。
久々に彼を近くで見て、睨みつけられているのにドキドキした。

彼は、立って少しずつ、近づいてくる。



「…わかんないよ。
僕はあんなに酷いことを波留くんにしたんだよ?!」

「なんのこと?
お前、バカなんじゃねーの?」


泣いてやめてくれと懇願する彼を痛めつけた。
彼の手首を見ると、その傷跡はもう消えているようだった。

あんなことをしたと言うのに、
彼は何のことだと惚ける。

どこまでも彼は優しい。
その優しさに甘えてはいけない。そうやってそこに付け込めば、抜け出せなくなって苦しむのはこの僕だ。



彼は、まだ、
僕のことを睨みつけている。

深夜のマンションの中に
彼の言葉だけが響いた。











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