エスキス アムール
第38章 彼の想ひ
「ねえ、いいの?本当に」
「なにが?」
「彼女のこと」
波留くんはこうして来てくれたけど、彼女に会いたがっていたのは確かで、それを止めてしまったのはこの僕だ。
「うん。いい。
不安でしょ?木更津」
「でも…」
「会って謝りたかったんだ
ただそれだけだから。
もしたまたま会うようなことがあったら謝っとくよ」
それまではいいと彼は言うと、僕の背中に回る手に力がこもる。
その手を放してほしくないと思った。この手ももう放したくない。
「僕…本当は嫉妬深いよ」
「うん。」
「束縛するよ」
「うん。縛りつければいい」
「またこの間みたいにひどくしちゃうかもしれない」
「いいよ」
「家に縛りつけて出さないかも…」
「仕事に行くくらいは許してよ」
彼は笑うと僕の首元に吸い付く。
痕が付いたのか、その上からなだめるようにそこをそっと舐めた。
本当に仕事が好きだなと苦笑する。
しかもそれ以外ならいいのかよ。
それから彼は僕の首に舌を這わせて噛みつく。それに僕が身を捩ると背中に回していた手が首に回って固定された。
「ん…ん、波留くん…ふ…」
「離すな」
だんだん気持ちよくなってきて、彼の背中に回す手の力が弱まると、彼はその手を握ってそういった。
「俺のこと、離すなよ。もう」
そういって見つめる彼の瞳を見て、その離すなは、手のことだけではないことが伺えた。
彼を捨てた母親。
きっと、誰かが彼の前から
いなくなる度に、彼は母親のことを思い出すのだろう。
僕が彼を初めて見かけたときに
話していたあの彼女を彼が冷たく拒絶したのは、きっと彼の母親が
ちらついたからだ。
きっと、一度自分の都合で離れて行った人を彼は信用できなくなってしまったのだろう。
だから、その人とヨリを戻す気になれない。
どんなに、好きであった人とも。
彼はそうならないように、
僕が感じている以上に繋ぎとめるのに必死になっているのかもしれない。