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エスキス アムール

第40章 親友と部下





「なんだ…、良かったね。」

「不安になった?」


そういって笑って腕に摺り寄ってくる。
彼の笑みを見て、柔らかい髪の毛に触れながら、僕の胸の中に閉じ込めて置ければいいのにと思う。



「要くん、連れてくればよかったのに」

「あー、うん…」



苦笑いを浮かべる彼の頬に触れる。
きっとまだ、僕たちのことを言っていないのだと直感で分かった。



「彼にいえない?」

「いや…」

「いいたくない?」

「言いたくないわけじゃなくて…」


要くんに伝えない理由はいろいろ考えられる。
男同士の恋愛だから。とか、
僕を紹介できない。とか
こんな関係が恥ずかしいとか。


いろいろだ。

要くんは彼女と彼のころは知っていただろう。
じゃあなんで、僕は。


それ以上何も言おうとしない波留くんに腹が立って、すっと身体を離すと、
僕の怒りを感じ取ったのか、彼は急いで僕の腕をつかんだ。

その顔はアルコールで紅潮しているものの、瞳は焦りの色に変わっている。


数秒見つめあって、僕は彼の手を無言で離すと、着替えを用意して風呂に向かった。



まだ、彼に何を聞いたわけでもない。
要くんに言わない理由は、僕が考えている以外にもあるのかもしれない。
だけど、嫉妬が湧き上がってくるとどうしようもないのだ。



彼女のことを思い浮かべると、どうしようもなくいてもたってもいられなくて、怒りの感情もぶつけてしまう。


今だって、きっときつい顔をして彼を睨み付けてしまったに違いない。


こんな自分を知るたびに、どんどん自分のことが嫌になった。


例えば、鎖で彼をつないだところで、肝心なものはつないでおけない。

指の隙間から零れ落ちてしまうこの浴槽の水のように、彼の心はどこかへいってしまう。
どうにか、彼をつなぎとめておくにはどうしたらいいのだろうか。


湯船に体を沈めながら、ため息をついた。







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