エスキス アムール
第55章 オムライス
どうしてこんな時間に。
仕事のことではなさそうだ。
…だとしたら。
もしかしてお母さんが…?
でも、朝電話したときは容態は安定してたって…。
「もしもし?どうした?」
『……っ…う、は、るくん…っ』
「おい、どうした?何があった?」
明らかにおかしいその様子に嫌な予感がする。
携帯を痛いほど握りしめていた。
『波留くん…っ僕…僕…っーーーーーー」
その予感は的中して。
矢吹が嗚咽を交えながら伝えたのは、
酷く、哀しい現実だった。
「い、今行く!そこで待ってろよ!!」
急いで必要なものをバッグに詰めて準備を始めた。
早くしないとーーー、あいつ、死んじゃうかもしれないーーー…。
「…なに、してるの…?」
その様子に、木更津は震える声で問いかける。
「…木更津、ごめん…俺ちょっと…っ」
その震えに、焦っている俺は気がづいてあげることもできず、そのまま急いで家を飛び出そうとすると、腕を掴まれた。
「…何しにいくの」
「訳は、あ……
「矢吹?矢吹のところ?矢吹でしょ」
ギリギリと腕を掴まれて痛かった。
その痛みに顔を歪めるけど、どんどんその力は増していく。
「……や、矢吹だよ。今…あいつ大変なんだだから……っ」
「…行くな」
「これには訳があって…っ」
「行くな!!」
身体を物凄い力で壁に押さえつけられて、身体中に痛みが走った。
木更津の顔は怒りに満ちていたというわけでは無く。
………酷く、哀しい顔をしていた。
ちがうーーーー、違うんだよ。
木更津の腕をゆっくりと見つめあったまま退ける。
木更津の腕は力無くブランと下がった。
「ごめん…木更津…」
そして、そのまま家を飛び出す。
ごめん、帰ってきたら、ちゃんと話すから。
俺を信じて。
……俺の左手は時計をつけ忘れたままだった。