真田幸村九度山ライフ~恋の相手は戦国武将~
第1章 クローゼットの向こうは戦国時代でした。
「恩人に手を付けてはいけない、などという法度がある訳ではなかろう。良い女ではないか。確かに顔は絶世の美女という訳ではないが、気だてはよく聡い。短い髪は気になるが、そんなもの伸ばせばいくらでも長くなる。年も大年増であるが、私から見ればあれは充分に若い女だ」
昌幸はぐいと酒を流し込み、横目で幸村の顔色を窺う。
「喜べ、信繁。じきに、弟か妹が増えるかもしれないぞ」
「……この時代は、一夫一妻です。そのような価値観で育ったのですから、千恵殿は父上の妾にはなれないでしょう」
「この時代では、千恵がただ一人の女だ」
昌幸は飲み干した缶をテーブルに置くと、一人先に元の時代へと帰る。残された幸村も残りを一気に飲むと、昌幸が置いていった分も含めてゴミ箱に捨てた。
「千恵殿……」
幸村は、しばらく浴室へ続くドアを見つめる。そして深い溜め息を吐くと、昌幸を追い九度山へと戻っていった。
昼は戦国、夜は平成。真田幸村が二つの時代を行き来していた事を知る者は、両方の時代を合わせてもほとんど存在しない。しかし記録には残っていなくても、幸村の記憶にはこの平成の世は強く記憶に残る出来事となるのだった。
つづく