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真田幸村九度山ライフ~恋の相手は戦国武将~

第11章 拙者は幸村である。職はまだない。

 






 クローゼットを開けば、そこは空洞だった。手を伸ばし奥に触れれば、わずかにひんやりした壁がある。もう、何度同じ事を確かめたか分からない。しかしクローゼットが、もう戦国時代に繋がる事はなかった。

「お母さん、引っ越し屋さん呼んでるよ」

「幸隆」

 部屋の外から顔を出したのは、十を迎えたばかりの千恵の息子。父親に似て、凛々しい顔付きだが少々小柄な子だった。

「待って、今行くから」

 千恵は空のクローゼットを閉めると、ポケットに入れていた手のひらサイズの雑学本を取り出す。そして、癖が付きしおりもないのに一発で開く目当てのページの一文に目を通した。

『真田幸村は、徳川家康の本陣に突撃し、家康の首も僅かというところで死亡した』

 千恵が長い間借りていた、この部屋のクローゼットが戦国時代に繋がらなくなったのは、去年の夏頃だった。その頃、幸村は思い悩むような表情をよく浮かべていた。そんな時に軽口を叩きながら慰めてくれる父親、昌幸もこの頃には亡くなっていて、千恵には幸村の憂いを解決する事は出来なかった。
 

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