真田幸村九度山ライフ~恋の相手は戦国武将~
第5章 拙者は常にその人を兄上と呼んでいた。
千恵は美穂を起こさないよう、カーテンを開かないままベッドから降りる。時計はちょうど七時。音を立てないようクローゼットを開けると、待ち合わせていた幸村にひそひそ声で話し掛けた。
「今の内、ちょっと出てきて」
酒の入った翌日、美穂は必ず昼近くまで寝るに違いないと踏んだ千恵は、朝にこちらへ来る準備をするよう、あらかじめ幸村に指示していたのだ。幸村もそろりそろりとクローゼットを抜けると、ひとまず玄関を抜け部屋の外まで出ていった。
「はあ……緊張した。幸村、ここだとうるさくなるから、外まで出よう」
千恵は胸を撫で下ろすと、幸村を連れマンションの外に向かう。土曜日の街並みは、朝日が昇ってもまだ覚醒していない。入り口の前でたむろしても、あまりすれ違う人はなかった。
すると一仕事終えて安堵する千恵の肩を叩き、幸村は笑みを浮かべる。
「おはようございます、千恵殿」
こんな時でも礼儀を忘れない爽やかさに、千恵は心臓が跳ねる。挨拶一つでいちいち動揺する自分を心で戒めながら、千恵は頷いた。
「おはよう、幸村」