真田幸村九度山ライフ~恋の相手は戦国武将~
第5章 拙者は常にその人を兄上と呼んでいた。
すると幸村は挙動不審になりながら千恵から手を離し、目をそらす。千恵が首を傾げると、幸村は咳払いして話を切り出した。
「――それで千恵殿、真紀殿の件ですが。拙者一晩考えに考えた結果、引き受けたいのでござる。これ以上千恵殿にご迷惑を掛けるのは心苦しいのですが……拙者は、もっとこちらの世界を知りたいと思うのです」
想定はしていたが、やはり幸村は前向きな返事であった。千恵が小さく頷くと、幸村は逸らしていた目を真っ直ぐ向ける。
「もっと深くこの世界を知れば、分からない事も分かる気がするのです。今のままでは、駄目なのです……」
「――そっか。じゃあ、あたしも応援するしかないね」
幸村の瞳に浮かぶ、深い黒。その片鱗を、千恵は知っている。好きな男が悩み、もがく姿を見れば、千恵は手を差し伸べるより他の選択肢など考えられなかった。
「千恵殿……かたじけない」
「真紀さんには今日から行くって伝えるよ。ちょっと待って、今の内に電話しちゃうから」
朝早くから申し訳ないが、いつでもいいと言った向こうの言葉に甘えて、千恵は真紀に連絡してみる。その姿を眺めながら、幸村は頭を掻いた。