真田幸村九度山ライフ~恋の相手は戦国武将~
第5章 拙者は常にその人を兄上と呼んでいた。
(兄上は、なぜ今になってこちらへ来られるのだろう)
幸村は、寝所で一人考えながら夜を過ごす。さすがに今日は、千恵の部屋に入り浸る気分にはなれなかったのだ。
(どのような顔をして会えば、兄上は安心してくださるのだろうか)
幸村が不審であれば、信之はまた憂う。それだけでも心苦しいが、それで平成の世について知られてしまうのはなにより恐ろしい事だった。
大人しく蟄居しろという命に逆らったのだから、知られてしまえばさすがに信之の不興を買うだろう。そうなれば、もうあちらへ行き来する事は出来なくなる。死ぬまでこの屋敷の中で、無限にも近い時間を潰していく生活に戻るのだ。
(千恵殿は、帰ってきただろうか)
ふと思い出すのは、千恵の顔。真紀と食事とはいえ、国親や、美穂が目撃した不審の男の情報もある。無事に帰っているか、思い出せば心配になってきた。
幸村は布団から抜け出すと、人目を気にしながら広間の穴へと向かう。掛け軸を捲り静かにクローゼットを開くと、千恵の寝室の外、リビングの方から声がした。
(あれは、父上の声?)
不審に思った幸村は、息を殺し耳を傾ける。だが聞こえた昌幸の声に、心臓がうるさく鳴った。
「千恵への想いは、きっと私の最後の恋だ」
つづく