真田幸村九度山ライフ~恋の相手は戦国武将~
第5章 拙者は常にその人を兄上と呼んでいた。
そして信之は、黙ったままの信繁に目を向ける。
「信繁も、分かったな?」
「……兄上のお力があって、今拙者は命があるのです。どのような処遇であろうと、文句などございません。ただ、従うのみです」
信繁は頭を下げてそう言うが、言い終わり顔を上げると眉をひそめる。昌幸の物騒な軽口には顔色一つ変えなかった信之が、素直に従う信繁には、悲しみの色を浮かべた瞳を浮かべていたのだ。
「兄上……?」
「本当に、高野山に蟄居で構わないのか?」
「二度問い掛けられる意味が分かりませぬ。大罪人である拙者に、もとより道を選ぶ権利などないでしょうに」
信繁が念を押せば、ますます信之は悲しみを深くする。しかしこれ以上に兄へ感謝する言葉は思いつかず、信繁は押し黙るしかなかった。
そしてしばらく後、中央に戻った信之からの書状により、女人禁制の高野山ではなく、麓の九度山村にて蟄居が確定したという知らせが入る。信繁は家族を失う事もなく、上田の地に別れを告げる事となったのだ。しかし一度高野山と決まったものを変えたのも、信之の力だろう。兄が何を思い、危険を犯してまで配流変えさせたのか。信繁には理解出来なかった。