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たゆたう草舟

第6章 甲賀の時雨

 
「ただ、一つだけいいかい? これは噂に聞いた話だが、信濃を治める徳川と、上田の真田の仲はかなり悪化しているらしい。いつ戦になってもおかしくない状態だ。領主にお許しを願うにしても、もしかしたら領主自体が変わっている可能性もあるかもしれない。そうでなくとも、危険な場所に向かうんだと覚悟してくれ」

「戦が……」

 昌幸様の身が危ないと知っても、私には何か出来る訳ではありません。しかし頭はそれを聞くなり昌幸様の身を案じる事で埋まり、他を思う余裕などありませんでした。

「すまないな、親父殿」

 彼がこの時呟いた事も、耳には入っていましたが頭には残りませんでした。

 上田へ帰り、気持ちに決着を着ける。このままでは前にも後ろにも進めないとはっきりと分かった今、私は上田への、昌幸様への想いをますます募らせました。

 何を話して、どうしたいのか。具体的な事は、よく分かりません。しかし帰るという言葉が、私に何よりの活力を与えてくれます。時雨さんの言葉は正しいと、理屈ではなく心が叫んでいました。

 帰ると決めれば、冬は通り雨のように過ぎ去りました。そして春を迎え、時雨さんの仕事が一段落ついてから、私はまた上田へと旅立ったのです。



つづく


 

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