たゆたう草舟
第6章 甲賀の時雨
帰ろうと言っても、私は信濃を追われた身。ですが時雨さんは慰めでなく、本気で言っているようでした。
「進むにしても諦めるにしても、追い出されたままじゃ気持ちも収まらないだろ?お葉ちゃんは、まず胸につかえるものを吐き出すべきだ」
「しかし……私は」
「追放された身なんだから、いっそ好きなだけ想いをぶちまけてみたらどうだい? 駄目なら、また出ていくだけなんだし」
時雨さんは私の背を軽く叩き姿勢を正させると、太陽のように明るく笑いました。
「お葉ちゃんの行きたいところが見つかるまで、用心棒するって言っただろ? 引き受けた仕事は最後までこなさなきゃ、商売人は信用を無くしちまう。俺も便宜を図るからさ、帰ろう」
どうして時雨さんは、ここまで私に優しいのでしょうか。思いやり溢れるこの方を愛せない自分が、申し訳ないくらいです。彼を思うなら、きっと私は今すぐここを出て、一人で上田に向かうべきなのでしょう。
しかし、私を見つめる彼の目があまりに優しくて、私の中に甘えが生まれていました。時雨さんの望みは叶えてあげられないのに、首を縦に振っていたのです。