たゆたう草舟
第7章 伊賀の「しのぶ」
「どうして私がいるのに、わざわざ小童に和歌の意味を訊ねたんだ」
昌幸様は私の両頬を軽くつねり、不満げな表情を見せました。
「本当にお前は、私の思い通りにならない女童だ。少し仕置きをしてやらんといけないな」
「仕置きって、あの……やっぱり、首をはねるんですか? それは構わないのですが、最後にお話したい事が――」
しかし私が言い切る前に、昌幸様は頬をつねる指に力をこねました。その痛みに私が黙ると、志信さんに取られて以来、行方の分からなくなっていた銀の簪を手に握らされました。
「月草の 消ぬべくも我は 迎え往く 弓張る夜半に 千曲を超えて……この意味、しかと聞け」
不意に真剣な表情をされると、私の胸は騒ぎ惹かれてしまいます。
「たとえお前が私を――」
ですがその時辺りに響いた声に、私の意識は散ってしまいました。
「親父殿ー、ただいま戻ったぜー……っと」
忍びの装束を纏い、頭巾を脱ぎながら軽い調子で現れたその人。それは先程寺で暴れた忍びでしょう。そしてそれは間違いなく、しばらく共に暮らした時雨さんでした。
「おっと、これは機が悪かったようで……」
気まずそうに頭を掻く時雨さんを睨む昌幸様。和歌の意味は、すでに聞ける空気ではなくなってしまいました。
「……もういい。とにかく、一度安全なところまで引くぞ」
珍しく昌幸様が疲れた顔をして、歩き出します。私はその背中を、今度こそ見失わないように追いかけました。
つづく