たゆたう草舟
第7章 伊賀の「しのぶ」
志信さんは昌幸様を拒絶するように手を前に出すと、私に目を向けます。
「それと、最後に餞別だ。俺はお前にあの和歌の意味を真田の決意表明だと教えたが、それは嘘だ。本当の事を教えれば面倒になるから誤魔化しただけでな」
「では、本当はどんな意味だと?」
「それは――」
ですが志信さんの声は、私の耳に届きませんでした。昌幸様が勢い良く私の両耳を塞ぎ、何か叫んだのです。すると、天井から降りてくる忍び装束の人。徳川の武士達が狼狽えている隙を狙い、忍びらしき人は暴れ始めました。
(あれ? あの忍び……)
頭巾から覗く目に、私は見覚えがありました。が、頭に浮かんだ影が形を作る前に、昌幸様は私の耳を塞いだまま歩き出してしまいました。
志信さんは暴れる忍びを相手しながら、去りゆく私に手を振りました。徳川の忍びである彼とは、もう二度と会う事はないでしょう。なんだか少し寂しく感じてしまうのは、きっと彼が心からの悪ではないせいでしょうか。これからも彼は徳川のため、私は真田のため、心を尽くしていくのです。
寺を出てしばらく歩いた後、昌幸様はようやく私の耳を離し、道端で足を止めました。