たゆたう草舟
第8章 弓張る夜半に 千曲を超えて
久々の上田城は、私が退去した時よりも堅牢な城となっていました。しかしそこに、信繁様はいらっしゃいません。上杉との同盟の時に、渋る景勝公の元へ人質として向かわれたそうなのです。
昌幸様は私のために上杉と手を切ったと言いましたが、つまりそれは信繁様が人質として価値を失うという事でもあります。報復として殺されても仕方ありません。命の優先度を考えれば、それは決して良き手だとは思えませんでした。
「言っておくが、私はお前が人質に取られなくとも上杉と手を切るつもりだったぞ」
「……え?」
昌幸様は上田城に戻ると、私をため池まで連れてきました。ここは十年前、初めて昌幸様と出会った日を思い出す特別な場所。ときめきと罪悪感を抱える私に、昌幸様は疑問まで抱かせました。
「どうしてそんな事……上杉まで敵に回せば、真田は四面楚歌ではありませんか」
「上田の合戦の際、上杉は我らにろくな援軍も送らずに傍観していた。まあ、真田は前にも上杉を裏切っているから仕方ないかもしれないが、それでは手を組む価値などない。それに、今はもう、小国の小競り合いで一喜一憂する時代ではないのだよ」