たゆたう草舟
第1章 月夜の草舟
その人と初めて出会ったのは、信綱様の葬儀が行われた夜でした。その人が寝所にいらっしゃらないと小姓が騒ぎ立て、夜の番の皆様へ差し入れを作っていた私も捜索に駆り出されたのです。皆、その人を案じ駆け回っておりました。真田の跡継ぎは、もうその人しか残されていなかったのです。
真田の主君・武田信玄公が亡くなったのは、この時から二年前の事です。そして翌年には、後を追うようにその人や信綱様のお父上・幸隆様が亡くなられました。そしてこの年には、兄である信綱様と昌輝様が長篠の戦にて、お二人とも亡くなられてしまったのです。
大事な方を立て続けに亡くす辛さは、同時まだ九つだった私にもよく分かりました。私も祖父母、両親、姉を亡くし、信綱様が拾ってくださらなければ遊女屋にでも売り飛ばされていた身ですから。絶望が瞳を曇らせ、間違いを起こしてもおかしくはありません。
私の足は自然と、屋敷を抜け出し近くの小川へ向かっておりました。そこは信綱様が息抜きにと、よく足を運んでいた場所でした。
そしてそこで、私はその人、信綱様の弟君――武藤昌幸様と、出会ったのです。