たゆたう草舟
第1章 月夜の草舟
月が、小川にぼんやりと映っておりました。そして川には、草で出来た小さな舟が、月から旅立つようにいくつもさやさやと流れておりました。昌幸様は、それを見送りながら、一人涙を流しておられたのです。
その姿に、私は足を縫い止められたかのように動けなくなりました。走ったせいで早く鳴る心臓が、ますます早鐘となりました。葬儀の晩に不謹慎な話ですが、私は彼を美しいと思ったのです。
月明かりに照らされ白く光る雫が頬を伝い落ちると、昌幸様はこちらを振り向きました。草の舟は遠くへ流れ、子どもの私の目ではもう見えなくなっていました。
「……子どもがこのような時間に出歩くとは、感心しないな」
私に声を掛けた昌幸様は存外冷静で、頬に涙の筋がなければ、悲しみに暮れていた事など誰も気が付かなかったでしょう。私の前にしゃがみ、目線を合わせて話す彼は、立派な大人でした。まだ二十代ながら養子先である武藤家を継ぎ、武田家の重臣として仕えていたのですから、彼は私の知る同じくらいの青年の中でも、一番落ち着いて見えても不思議ではありません。私はあまりに予想と違い、ただ戸惑うばかりでした。