テキストサイズ

たゆたう草舟

第2章 余計なお世話

 
 すると彼は立ち止まり、首を傾げました。

「なぜお前が謝る? 縁談など方便に決まっているではないか。山田の小倅など、今日顔を見るまで忘れておったわ」

「え? でも、徳川家の須貝様は……」

「口にした以上、今から手紙を送るしかないな。お宅の娘をうちにくれと」

 私が目を丸くしていると、昌幸様は子どものように口の端をつりあげました。

「それとも、お前との縁談を進めた方がよかったか?」

 私は、夢でも見ているのでしょうか。昌幸様がここまで私を守ってくださるなど、身に余る光栄です。

「あ……ありがとうございます」

 なんだかまた涙が零れそうで、私は下げた頭を上げられませんでした。

 と、その時、昌幸様を呼ぶ家臣の方々の声がしました。昌幸様は下げたままの私の頭を撫でると、家臣の方々の方へ戻っていかれました。

 きっと昌幸様にとって、今日の事は気まぐれでしょう。口付けも、私を宥めるための手段に過ぎません。しかしそれは、私の心に深く杭を打ちつけました。

 もう私は、この先他の誰かを好きになる事などないでしょう。叶わぬ想いと知りながら――私は恋をしてしまったのですから。



つづく


 

ストーリーメニュー

TOPTOPへ