たゆたう草舟
第5章 月草の 消ぬべくも我は 迎え往く
ふと気がつけば、夜だったはずの景色は朝日に包まれていました。私は木の陰に座ったまま、いつの間にか眠ってしまっていたようです。
「昌幸様……」
その上隣では、昌幸様も眠りについていらっしゃいました。私は結果、当主を野宿させてしまったのです。
(ああ、申し訳ない……)
しかし、起こしてしまえば未練が沸いてしまいそうで、私は彼にどうしても声を掛けられませんでした。このまま発とうと決め、返し損ねた簪をそっと昌幸様の手に握らせると、立ち上がりました。
しかし一歩踏み出したその時、昌幸様が目を覚まし、肩に寄りかかってきました。
「忘れていた、餞別だ」
昌幸様は驚き固まる私に構わず、寝ぼけた声でゆっくりと私に囁きました。
「月草の 消ぬべくも我は 迎え往く 弓張る夜半(よは)に 千曲(ちくま)を超えて……では、達者でな」
それは、和歌でしょうか。昌幸様はそれだけ言い残すと、また木の陰で眠りにつきました。餞別というくらいですから、私に宛てた歌なのでしょう。
しかし無学な私には、その意味がよく理解できませんでした。道中ずっとその意味ばかり考えていたので、いつの間にかまた簪が頭に挿してあった事に気付くのは、これよりずっと後の事でした。
つづく