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小春食堂【ARS】

第36章 約束の5日間【小春】

大野さんは、その日はうちをを屋上に連れて行った。

夕方の屋上には誰もいない。

嵐山の川沿いに建つこの美大の屋上からは、渡月橋から松尾大社まで一望できた。

「いい眺めやね。」

大野さんとふたり、フェンスにもたれて景色を眺めた。

西山に日が沈みかけてる。

夕日がまぶしい。

「こんな景色、東京にはねぇな。」

「うちは生まれた時から京都やけど、こんな景色は初めて見たわ。」

大野さんは、ふふっと笑った。

「桜の季節なんてすげぇんだぜ。桂川沿いにずっと桜並木が続いてんの。」

大野さんは、桂川を指差した。

大野さんの顔を夕日が照らす。

風が大野さんの茶色い髪をそよそよ揺らす。

その横顔をじっと見ていた。

「うちも桜の時に見てみたいな。」

思いきって、言うてみた。
また会いたい、との気持ちを込めて。

大野さんは、こちらに向き直った。

「俺、卒業したら東京に帰るんだ。だから、残念だけど、連れて来てあげらんねぇ…。」

夕日が吸い込まれるように西山に沈んだ。

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