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小春食堂【ARS】

第19章 坊(ぼん)【潤】

あの頃の俺は荒んでいた。

身も心もボロボロだった。

その夜は、泊めてくれる女も見つからず、とぼとぼと歩いていた。

そんな時、通りかかった住宅街の路地の奥から、なんとも言えないいい匂いがしてきたんだ。

俺は、引き込まれるように路地を奥に進んだ。

路地の奥の建物の引き戸を開けると、中はさっき嗅いだ“いい匂い”であふれていた。

出しの香り?

そこは小料理屋みたいなところで、俺に気づいた女主人が振り向いた。

「見ない顔やね。うち、日替わり定食しかないけど、いい?」

俺は、無言でうなづいた。

カウンターの一席に着くと、間もなくして料理が運ばれてきた。

味噌汁にご飯、ひろうすと大根の煮物、小鉢がふたつと漬物。

俺は味噌汁のお椀を手にとった。

「温かい…。」


手にじんわりと温もりが伝わる。

そして、ひとくち、味噌汁を口に含んだ。


「………。」


その瞬間、何故だか涙がぽろぽろこぼれてとまらなくなったんだ。

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