【S】―エス―01
第9章 刹那
――午後10時05分。
雨足は一向に衰える気配を見せない。刹那は唯一開け放した窓の縁に凭れ、ぼんやりと遠く闇に呑まれた真っ黒な山並みを眺める。
不意に頭をよぎったのは、刹那同様、彼も好きだと言ったあの曲。
「……とーおきやーまに、ひはおーちて……」
刹那は無意識にその曲を口ずさんでいた。
「りく……」
あてどなく暗雲立ち込める夜空にぽつり呟く言葉は宙をさ迷い、やがて大気に溶け消えていった。
ぽつりと刹那の顔に着地した雨粒が、涙のように頬を濡らす。
その姿は無垢な少年のようであり、また、海底より出でては弾け消える気泡にも似て儚げであった。