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【S】―エス―01

第12章 穿つ森

 振り返ると、ついさっきまでいた墓地はすぐ裏手。


「この屋敷……、こんなに近くにあったのか」


 ましてやあの時は、屋敷の裏に【あんなもの】が存在するなど考えてもいなかった。気づけなかったのも無理からぬこと。


 敷地のやや左端に一瞥をくれると、瓦礫の間から淡い紅色をした一輪のコスモスが顔を覗かせていた。


(そういや、もうそんな季節か……)


 ふと瞬矢は、秋になると決まって家の庭先に色とりどりのコスモスが花をつけていたことを思い出す。


 そして、母がそれをいたく大事に愛でていたことを……。


『――今年も綺麗に咲いたわね。思い出すわ、あの時のこと……』


『――ふぅん』


 母は頬を緩ませ、眼前のコスモスに視線を落とす。うららかな秋日のこと。


 ……それは一時の回想か、はたまた幼少への懐古か。


 不意に訪れた幼き頃の思い出に、瞬矢はコスモスから視線を逸らしながら瞑目の中、口元を綻ばせる。


 懐かしい思いを胸中に留めたまま、くるりと踵を返す。


 瓦礫に咲く淡いコスモスの花は、瞬矢に何かを伝えるかの如く頭を垂れ、10月の風に身を任せてただ静かに揺らいでいた。

 

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