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【S】―エス―01

第18章 影の命

 彼の表情は悲しげで泣いているようにも見えた。


(泣いてる……の?)


 茜は分からなくなっていた。本当に好きなのは瞬矢なのか『りく』なのか。


 もしかすると自分は、瞬矢に『りく』の面影を重ねていただけなのではないか。


 ただ刹那が『りく』であると知った今、再び顔を埋めてくる彼を拒めず……。耳元に温かな息がかかる。


 彼は左手で両手の自由を奪う。空いた右手の指先が体の線を準え、そろそろとスカートの裾から素肌の覗く肢体を散歩した。


「……っ」


 頬が紅潮し、堪えきれず口の端からわずかに漏れ出た吐息。脱力した左手から、マフラーがするりと床へ滑り落ちた。


 だが刹那は、それ以上何かをしてくることはなかった。顔を埋めたまま身を震わせる。


 初めは泣いているのかと思ったが、違ったようだ。やがてそれは、くつくつとした圧し殺すような笑い声に変わる。


「くく……ははっ……! 楽しみ……楽しみだ」


 体を起こした刹那は堪えきれないといった様子で腹を抱え、やがて両手で顔を覆い笑う。わずかに覗くその整った顔を歪ませ、これ以上ないほど愉快に。


 ――狂っている。そう思わせるほどに。
 

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