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【S】―エス―01

第27章 消えない過去

 ◇3


 その日、刹那は市内の緑溢れる広場にいた。さくり、踏み締める地面には露に頭を垂れた芝が生い茂っている。


 明け方ということもあり、まだ太陽は顔を出していない。樹林のないこの辺りは拓けているにも関わらず靄(もや)に覆われ、なんとも見通しが悪い。


 左側に広がる樹林の方へゆっくり歩を進める。


 地面にある芝を縫うように敷かれた石畳の遊歩道をしばらく行く。すると、樹林の奥、霞みがかった視界に人影が映り込む。


 近づくにつれ、人影は全貌を明らかにしてゆく。


 スーツ姿の、ダークグレーのコートを着た男だ。


 齢40代くらいだろうか。視界不良で表情までは窺えないが、その男はこちらへ振り向き、何やらぼそりと口走る。


「――……るよ」


(――!?)


 右足を一歩前へ踏み出す……と同時に気づいてしまった。男の足元に転がっている【もの】に。


 最初は細い丸太か何かが地面に置いてあるのだと思ったが、違った。それは紛れもなく人の脚で、横たわったぴくりとも動かない体から溢れ出る、芝を染める赤い液体。


 ――その時。


 静寂を打ち破り鐘の音が轟く。
 

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