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【S】―エス―01

第27章 消えない過去

 大通りの向こうにある教会の鐘。男は一度天を仰ぎ腕時計を見ると、音のする方、靄の中へと消えていった。


 ――現実と思念の狭間で、どちらのものとも判断つかぬかすかな鐘の音に、刹那は薄く瞼を持ち上げた。


 今いるここは、すぐ側にソンネンという大通りを挟んだ緑地公園。数日前、事件のあった場所だ。


 鐘の音は、やはりソンネン通りの向こうから聞こえてくる。公園を出た刹那は、大通りにある十字路から鐘の聞こえる方へ向かった。


 細い通りの建造物に紛れひっそりとあるアザム教会。近隣には飲食店が建ち並ぶ中、白い外壁のそれは存在した。


 そこは以前刹那が『声』を聞いた場所からほど近く、外観は周囲の建造物と大差ない為、注意していなければ見逃してしまう。


 ふと左側に気配を感じ振り返るとそこには、齢10歳ほどの1人の少年が立っていた。


 さらりと真っ直ぐだが色素の薄い茶色い髪をした少年は、ただただ無言で脇道に佇む。


 前髪に隠れ視線の先は分からないが、その存在は虚ろで、まるでここにないかのようだった。
 

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