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【S】―エス―01

第27章 消えない過去

 更なる真相を探るべく、刹那はネッカー川下流域へと足を運ぶことにした。


 3月26日、午後12時28分。


 一路、ミュンヘン中央駅から列車で3時間かけてハイデルベルクへ。


 車窓の外に悠然と流れる景色を頬づえをついて眺め、刹那はしばし思考に耽る。


(あの筆跡……。もし彼女が、それにあの少年が事件に関わっているとしたら……)


 今までの彼ならば、そんなこと考えもしなかった。ただ利害のみで動き、淡々と目的を果たしてきたのだから。


 だが着実に、刹那の中に芽生えつつあるいち個としての『感情』が目的と人としての情を秤にかけ、毅然とした冷徹なまでの判断を曇らせる。


 ――午後3時30分。


 南アルプスを彼方に望める街ハイデルベルク。駅からほど近い場所に、件のネッカー川は流れている。


 最も、今から向かうのは街から外れた山間の下流なのだが。


 ハイデルベルクの街中を出て森へと分け入り、辺りに誰もいないことを確認すると、すっと両の瞼を閉じる。そして、意識を内へ集中するように軽く息を吐く。
 

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