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【S】―エス―01

第29章 S‐145

 きっと何かあるという思いと多少の安堵に、口の端から白い息を吐く。


「咲羅、下りて歩けるかい?」


 だがなんの返事もないので歩く速度を緩め、ちらと背中に重みを与え続ける主を振り返る。


「咲羅?」


 当の咲羅は、常に一定量の温もりを伝える刹那の背に心地よく揺られ微睡(まどろ)み、自身の体を預け、重たくなった両の瞼を閉じていた。


 ここまで無防備な姿を晒すということは、少なくとも自分に対して気を許している証拠だろう。


 刹那は、無垢なその寝顔に思わずふっと笑みを漏らす。


 さてこれからどうしたものかと思案に暮れながらも、起こさぬよう再び前を見据えハイデルベルクまでの道をひた歩く。


 すぅすぅ……と耳元で規則的に聞こえる寝息と伝わる温もりが、心地よく刹那の背中を後押しした。



 

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