【S】―エス―01
第29章 S‐145
シャーデック城から少し離れた隣に建つ古城の見晴らし台。そこには、対岸の森へと消え去る姿を眺める人影が。
「どうします?」
口火を切り、後方より訊ねたのは衛兵。
「放っておけ」
彼の問いかけにそう応えたのは、白衣の男――【S】計画の加担者ハロルド。
S‐145――『咲羅』を生み出した彼は、早朝の冷たい風にくすんだ金色の髪をそよと靡(なび)かせる。
「――は?」
後方にいる男の発した、間の抜けた疑問符にハロルドは「追わなくても構わない」と付け足し、更にこう続ける。
「何、どうせすぐに見つかるさ」
終始落ち着いた口調で踵を返すハロルドの口元には、妙に含みのある不敵な笑みが垣間見られた。
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――ネッカー渓谷、南西部ハイデルベルクへと続く森の中。
(追って、こないな……)
鬱蒼と生い茂る枝葉に姿を隠し山道を南西へ行くさ中、ふと後方を振り仰ぎ、その茶色い瞳に木々の合間より見える白んだ空を映す。
どうやらここまで追って来る気はないようだ。だが、だからといって油断はできない。