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【S】―エス―01

第31章 ハローバイバイ

 
 そのことを茜は知っていた。


 瞬矢の傍らまで歩み寄った茜は、背後からそっと腕を回し、悔恨で強張るその体に自らの額を寄せる。


 眉間から鼻の奥につんと熱いものを感じ、それがあふれ出た感情であると理解するまでに、さほどの時間を要さなかった。


「そう……だね」


 きつく瞼を閉じ、白いシャツに顔を埋める。途切れ途切れに答えた茜もまた、言葉の端に悔しさを圧し殺し唇を噛み締めるのだった。


     **


 ――午後8時52分。


 刹那は利用者のいなくなったベッドの傍らで椅子に座り、手元に視線を落とす。


 手にしていたのは自身の携帯。温かいオレンジ色の照明の中、煌々と無機質な光を放つ画面には以前に撮った咲羅の写真が。


 4人で写っている写真の中央、皆に囲まれた咲羅は弾けんばかりの笑顔を向けている。


「咲羅……」


 低く絞り出すように呟いたその一言をかわきりに、ぽつりぽつりと雨粒が窓ガラスを叩き、いよいよもって空が泣き出す。

 

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