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【S】―エス―01

第35章 綻び

 ◇1


 11日――午後6時50分。


 城の入り口から地下施設へと向かう人物の姿があった。――ハロルド・ドルトその人である。


 足早に完備された一室へと赴き、荒々しくドアを閉めた。ハロルドは踏みつけられた左手に視線を落とし、表情を苦々しく歪ませ歯噛みする。


 思いもよらぬ、まさしく飼い犬に手を咬まれた――というところだろうか。


 彼の脳裏に苦い記憶が甦る。


 ハロルドの祖先は元々ドイツ系のチェコ人であり、両親は1930年代の世界恐慌の最中、国境付近で出会った。父方の姓は『ドルト』。


 まだ東西が壁により分断されていた頃のこと。


 だが母方の血筋がドイツ人移民であった為、周囲に溶け込むのは容易ではなかった。


 つまり、ドイツの血を流しながら歴史的因縁により事あるごとに虐げられてきたのだ。


 彼の独裁的な性格は、その頃に確立されたのである。


 両親の死以降、唯一の跡取りとなった彼は『ドルト』の姓を名乗るようになった。


 机の上、額に納められ飾られた写真に視線を移す。そこには彼と共に写る1人の人物がいた。


 ハロルドの脳裏を、その時交わしたやり取りがよぎる。


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