テキストサイズ

【S】―エス―01

第35章 綻び

 曲名を聞いた咲羅は少し俯く。


「……そっか」


 気の抜けた返事の後、顔の横に掲げていた右手を下ろし、後ろに組み直す。


 しかし分かったところで、恐らく彼の中に奏で続けるその曲が鳴り止むことはないだろう。


 ――ただ一言。


 「ありがとう」そう言い顔だけをこちらに向ける。


 入り口から差し込む仄かな光に照らされた褐色の瞳がリンを捉え、その口元は緩やかな三日月に綻んでいた。


 再び正面に向き直り、ひたひたと部屋を出た咲羅は、どこへともなく去ってゆく。


 リンは、ほうっとひとつ息をつき、今しばらくコンクリートの冷たさに身を預けることにした。


 

ストーリーメニュー

TOPTOPへ