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【S】―エス―01

第6章 我が目に棲む闇

 建物の屋上に出た刹那は、縁(へり)まで歩くと足を止め目をつむる。吹き上げた風に、柔らかく艶やかな黒髪がそよと靡(なび)く。


 まるで、暗闇という名の安寧(あんねい)に身を預けるかの如く、両手を広げ深く息を吸う。


「……広いな。でも、なんて狭いんだ」


 すうっと目を開け、微笑み混じりに街のネオンを見下ろし独りごちる。


 タンッ、軽快に地を蹴り闇夜へと跳躍した。


 ――


 体は緩やかな弧を描き、加速度をあげて地面が近づく。伝わる重力と共に手をつき静かに着地する。


 立ち上がった際、不意に頭の中に流れてきた懐かしいメロディー。刹那は無意識のうちにその曲を口ずさむ。


「とーおきーやーまにー……」


 やがてそれはぴたりと止み、


「……ふふっ……はははっ!」


 当初は楽しげに鼻歌をまじえていた彼だったが、まるで壊れた玩具のように両手で顔を覆いけたけたと笑う。


 背後には、ついさっきまでいた研究所が不気味に聳え建つ。


 この時、刹那の目に何が映り、そして何を感じていたのか。それを知る者はいない。


 やがてその姿は、深い闇夜に消えていった。

 

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