風景画
第57章 intermezzo 小さな奇跡 〜海の上のねこ
風をはらんだ白い帆が
最初に目にした風景だった
抱き上げられ
眩しい日差しに目を細めれば
ようこそ我が船へ、と
鼻先に祝福のキス
彼は…海の上の猫
波のゆりかご
潮騒の子守歌
二色の毛色が溶け合うさまを
モカアイスクリームのようだと
船長は優しく笑う
ふたりきりの波の上
このまま
穏やかな日々は続くはずだった
けれど
海は時に
その拳を振り上げる…
流れ着いた港町
初めての景色と匂い
波間に消えた姿を探しながら
二度と会えない、と
知ることが怖かった
あれほど心を満たした潮騒も
今は
失くしたものを思い出させるばかり
それでも彼は海にいた
幾つかの季節が過ぎ
疲れて眠る彼の耳に
……こつ、こつん
聞き慣れない杖をつく音
やがて
夜のしじまの中から
嗅ぎ慣れたパイプの匂いと
彼を呼ぶ懐かしい声
胸が、震える
もやい綱が
ふたりの時間を手繰り寄せた…!
何処へもゆくな
ひとりにするな…
抱き上げられた船長の胸元に
彼はそっと額を寄せる
水面にゆらめく月明かり
埠頭に潮が満ちてくる・・・
(了)