風景画
第73章 poemtory 〜スクリーン・ヒーロー
最終の上映を告げるベルが鳴り
潮がひくように
ざわめきが遠ざかる
席へと急ぐ背中を見送り
彼はゆっくりと
廊下の端に蹲る
九十年に届く時を数える映画館の
重い扉と
少し擦り切れた絨毯
輝く真鍮のてすり…
彼は
ここで育った猫
扉から漏れる
スクリーンミュージックが子守歌
そして
人々のヒーローだった
…かつて
転んでポップコーンを撒き散らし
声を上げて泣いた幼な子は
初めて恋人を連れてやってきた
目を瞑れば
二十年近く前の出来事も
鮮やかに思い出される…
週末ごとに
腕を組みながら訪れた老夫婦
久しぶりに
けれど 夫人だけが
ハンカチを握り締め
ひっそりと席へ着く
涙と笑い…
出会いも別れも
スクリーンの内と外…
人生はここにある
まどろみから覚めた彼は
ロビーへ向かう
エンドロールの後のざわめき
高ぶりと興奮…
開いた扉からこぼれだし
弾む足取りの誰もが
彼の前で立ち止まる
そして
ひとり、またひとり
そのしなやかな温もりを
手に残しながら家路をたどる
落とされた明かりの中
彼もまた
静かに夜に抱かれてゆく
(了)