風景画
第86章 intermezzo 肖像 〜夢と祈り
** 画家の祈り **
キャンバスの上
日ごとに息づいてゆく王の肖像
後ろ足で立ちいななく馬の背に
悠々と跨り
手綱をひくその顔は
笑みを浮かべる
幼き日
画家の心に焼き付き
片時も離れることなく過ぎた
ひとつの光景…
その凛々しい姿を
余すところなく描き出す
―……見せよ…!
と、せがむ王を
今しばらくと宥めれば
子供の頃に還る心地して
胸が踊る
けれどここに 王は、いない
戦が突然のように起こり
凍りつく時間の中
王はひとり敵陣へ乗り込み
二日が過ぎた
―あなたは
知っておいでだったのですね
戦が起きることを
それ故私に…
絵の中に問い掛ければ
仕上げに備えた瑠璃の色が切ない
あの日
―必ず戻る、待っていよ
送る言葉のいとまも与えず
走り去った後ろ姿
祈るばかりの日々は苦しく
時の歩みはあまりに遅い
三日目の陽も西に傾きかけた頃
かすかに響く蹄の音…
近づく馬上になびく黄金の髪
たちまち城門が開けば
沸き上がる歓声と凱歌
熱狂に包まれた王の目は
ただひとりを探し
画家の唇は
声なく王の名を呼びつづける
今 夕空に鐘が鳴り響く…
(了)