風景画
第92章 intermezzo タペストリー 〜織り人の夢
娘は
目深に覆ったショールを外し
ほっ、と息をつきながら
―はい
五年ほどになりましょうか
―添う者は…いないのか?
―…一生分の
片恋をしてしまいましたゆえ…
王は胸を衝かれ
ふたりの間に
しばしの沈黙が訪れる
かつて恋心を抱き合い
ふいに消えた姿を探し続けた…
―ですが私は幸せなのです
想うばかりで心満たされ
そのまま
夢の中で夢見ておりますから…
背中越しの声が静かに流れ
織り音が
ゆっくりと刻をきざむ
―……これが最後のひと織り
ぱちん、と鋏が音をたて
瑠璃色の中
金に輝く日輪を抱く竜が現れる
王家の紋章…
王の婚礼に備えた
タペストリーと合点がゆけば
見る胸のうちに波が立つ
―明日
お城へ持って参ります
…今日のこの日に
旅の御方とお会いするとは…
まさに
夢の中の夢、でしょうか
湛えた涙が娘の瞳を揺るがせる
泣くな 泣かすなと
見つめ返す王の唇は微かに震え
―私は、竜にはなれなかった…
けれど
恋しい乙女を抱き続けるだろう
胸の中で 永遠に…
いつかしら雨は上がり
夕映えがふたりの時間を
染めてゆく
(了)