風景画
第92章 intermezzo タペストリー 〜織り人の夢
天窓から降り注ぐ光の粒…
婚礼の儀式を進める厳かな声を
どこか遠くに聞きながら
王は玉座の背後を飾る
タペストリーを見つめていた
心に浮かびくる
濡れて煌めく黒曜石の瞳
震える声
あの日がまるで
昨日のことのように思われる…
いつもながら
供もつけぬ忍びの遠乗り
谷あいの村で驟雨に襲われ
春雷の轟く中、馬を駆る
飛び込んだ屋根の下
鈍色の空を見上げれば
王の端正な横顔を雫がつたう
―どうぞお入り下さい 旅の御方
ふいの呼び掛けに
振り向けば開いた扉の内
いざなう娘の白い手が浮かぶ
招かれた暖炉の前
はぜる火の粉
手に包むお茶のぬくもり
―上がる迄には
今しばらくかかりましょう
どうぞお寛ぎを、と
娘が伏し目がちに隣室へ去れば
柔らかく弾む音が洩れ聞こえる
そっと窺う部屋の中
糸を操る娘の後ろ姿
―はた織りか…懐かしい
思わず洩らした一言に
驚きながら振り向く娘
その黒い瞳は
過ぎた昔を呼び起こす
早鐘を打つ胸を抑えながら
―いつから、ここに…?
王の口をついて出た言葉は
雨音と重なり
娘の肩を震わせる
(つづく)