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普通の幸せ

第1章 日常

普通の幸せって、なんだろう。


最近、そんなことばかり考える。


それはきっと、俺が今、幸せじゃないからだ―――


「おかえり」


「……ただいま、菜穂。起きてたのか?」


「“旦那様”の帰り待ってちゃ悪い?毎日遅くまで大変だな、博紀は」


「はは。嫌味かい?」


博紀と同棲して5年経つ。

同性愛者でいわゆるゲイの俺と博紀は、5年前に幸せ一杯で同棲を始めた。

俺たちが二人で決めて選んだ道―――“同棲”は男女でいうところの“結婚”だ。

その証は指環しかないけれど、それだけで十分だった。

「俺たちは結婚出来なくてよかったな」

博紀が脱いだスーツの上着を受け取りながら、無意識に呟いていた。

「俺たちには二人を縛り付ける紙切れすらないんだからさ」

「おいおい、菜穂にとって結婚はお互いを縛り付ける為のものなのか?」

博紀は笑い混じりに言いながらネクタイを緩めている。

「もし紙切れがあったならさ、俺は博紀と絶対に別れたくないから、離婚には絶対に応じないよ。結婚っていう法律で一生縛り付けてやる」

「怖いな、俺のお姫様は。だが、俺も同じ気持ちだよ。お前こそ結婚出来なくて良かったな、菜穂」

柔らかな笑みを浮かべて博紀は俺を抱き寄せた。

―――不安だ。どうしようもなく不安だ。

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