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お嬢様♡レッスン

第66章 ありがとう

黒崎は嫌だったのだ。

自分に向けられている意識が、葛城に逢った途端にそちらに向いてしまうのを目の当たりにする事が。

幸せな気持ちで、この島を去りたい。

だから、綾芽の気持ちが未だ自分に向いている状態の内に別れたい。

彼の最後の我侭だった。

1階に下り、玄関口まで来ると、黒崎は振り返る。

「それでは、お嬢様。暫しのお別れですが、お元気で…」

「お兄ちゃんも…」

後ろ髪引かれる想いで、扉を開けると黒崎は夕暮れの林の中へと踏み出した。

綾芽はその後ろ姿を見えなくなるまで見送る。

彼には感謝の気持ちしかない。

彼は綾芽を抱いている時でさえも、一言も愛の言葉を囁かなかった。

しかし、自分の事をどれだけ想っていてくれているのかは、彼の身体を通して伝わって来た。

彼が言葉にしなかったのは、それを口に出したら、綾芽はそれに何かを答えなければならない。

他の男性に心を捧げている彼女は、返答に困っただろう。

それを配慮した彼の優しさ。

綾芽はそう受け取っていた。

『有難う、お兄ちゃん』

綾芽は林の中に消えて行く黒崎の後ろ姿に、そう呟いた。



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