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501号室

第1章 気になる部屋①

 望まれずに闇から闇へと葬られてしまった赤ちゃん、強く望まれながらも、治療の甲斐無くこの世の光を見ることの叶わなかった赤ちゃん、そして、我が子を抱くことなく、ひっそりと逝ったお母さん―。
 私などのような者にはおよそ想像もつかないけれど、確かに産婦人科病院には、そのような数多くの秘話、哀話、失われた生命があるでしょう。
 かく言う私だって、運よく緊急手術で危機を乗り越えましたけれど、もしかしたら、死産―という最悪の結果を迎えていたかもしれないのです。今より医療設備も技術もまだ未発達であった四十年前、あるいは、それ以前であれば、現代では助けることのできる生命も助けられないこともあったかもしれません。
 私が見かけたあのきれいな女性が、そんな数多くの悲劇の中の一つのヒロインだったのかどうか―、それすらも、今となっては知るすべはありません。私はこの話をその後、誰にも長らく話すことはありませんでした。
 つい最近、十一歳になった娘にこの話をしたら、〝お母さん、怪談の読み過ぎじゃない?〟と、一笑に付されてしまいました。
 確かに、こうしてお話している私でさえ、あの〝五〇一号室の女性〟が果たして、真に存在していたのかどうか―、いえ、私が実際にあの時、彼女を目撃したのかどうかすら、信じられなくなることがあります。でも、あれは現実―少なくとも、私が私自身の眼で見たことではありますし、あの翌日、看護士さんに彼女と五〇一号室のことを訊ねた時、看護士さんが途端に強ばった顔をしたのも紛れもない事実です。
 だとすれば。
 やはり、あの出来事が白昼夢だったとは思えないのです。

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