彩夏 ~君がいたから、あの夏は輝いていた~
第1章 友達でいたいのに
甲斐は私のアップルなんとかを向かいから手を伸ばして食べ、甘っ、と言った。
住友先輩は英語科の2年生で、何度か見かけたことがあるがすごくかわいい。長い髪が柔らかそうで、全体の色素が薄くて、真夏でも制服の長袖のブラウスを着ている。…というのはイメージだけど、そんな感じの人だ。確かに、住友先輩に告白されたら断る人はいないだろう。
「意外だったけどね、塔也がオッケーするとは」
「なんで?」
「だって、あいつ好きな子いるって言ってたから」
むしろ、そっちのほうが意外。あの、野球以外見えませんみたいな人が、恋愛云々って。甲斐も同じだけど。
「住友先輩だったんじゃないの?渡辺くんの好きな人」
「いや。同級生って言ってた」
「誰が好きとか、言い合わないの?バッテリーなのに。○○ちゃんのハートにストライク!とか言いながらさ」
甲斐は少し考えてから真顔で、しない、と言った。真面目に答えられて、こっちが恥ずかしくなった。
それから甲斐は甲子園のことをひとしきり話して、おれ、秋の大会から外野に入れって言われてんだ、と言った。
「あ、もうこんな時間だ。おれ今日買い物当番なんだよ」
「そっか、じゃあ帰ろっか」
腕に巻いたデジタルのタイメックスを見て言った。甲斐んちは、お母さんが仕事をしていて、家事はお姉さんと交代でしているらしい。
「んじゃ、またな」
「うん、2学期にね」
甲斐は自転車にまたがって、大きなバッグを前のかごに投げ込んだ。
「え、次会うのって2学期?」
甲斐が驚いたように言った。
「何かあったっけ?休み中に」
私は、中間登校日とかそういうのを一生懸命思い出してみたが、確か高校はなかった。
「何かないと、…会えない?」
ふと真面目な顔をして、甲斐は首の後ろに手を当てた。
「会う!あいたい!」
そう言うと、甲斐はいつもの笑顔になった。すうっと通った鼻筋に、一重だけど小さくない目。涼しげな、誰からも好かれる甲斐の笑顔。
すーっと、南から吹いてくる真夏の風が、髪を揺らしていく。
甲斐が夢にみた、甲子園の方角から吹く風の中でいま、また甲斐に少し近づけたことがうれしかった。